ツリーイングチーフインストラクター
岩渕 謙太郎
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大自然に挑む戦略を練る楽しさ
冬はバックカントリースキー、夏はツリーイングのチーフインストラクターや登山ガイドを務める岩渕さん。まったく異なるアクティビティですが、その面白さは「自然と向き合い、どういった手順で攻略していくか、それを考えるのが楽しい」と共通点を語ります。自然のままの地形にどうラインを描くか、どの枝にロープをかけて目的地を目指すか、どんなルートで山に挑むか。体を動かす前に、戦略を練る。その楽しさに目覚めた時、大自然でのアクティビティの本当の魅力に近づけた気がしています。
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安全の上に成立するバックカントリースキーの楽しさ
少年時代は名門・旭川ジュニアアルペンチームに所属し、競技スキーに打ち込みました。高校からは当時大ブームだったスノーボードに夢中になりました。競技用のスキーウェアはぴたっと細身のタイプが大半でしたが、スノボのウェアは街着としても成立するファッション性の高さが特徴。ヒップホップ文化とも地続きのスノボに憧れたのは「かっこいいものに引かれたから(笑)」と振り返ります。
その後、就職してしばらくウインタースポーツから離れた時期もありましたが、30歳で初めてフル装備で旭岳のバックカントリーに入った時、昔見た光景がふとよみがえりました。「この場所、知っている」。岩渕さんは少年時代に旭岳のバックカントリーに入ったことがあったのです。最初は友人らと「探検に行こうぜ」というノリでした。安全装備も持たず、雪崩が起きそうな場所の知識もなく、とても危険な冒険です。「ガイドになって、その当時のことを振り返ると、絶対にダメなこと。どうすれば安全にバックカントリースキーを楽しめるのか、それを伝えていきたい」と強調します。
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きっかけは、自然の中で感じた「自由」
本州のお客さんに初心者向けのスキーレッスンをする機会もあります。「旭川の子なら、最初は市民スキー場とか、サンタプレゼントパークのなだらかな場所とか、スキーデビューの場所って、だいたいそんなところですよね。ところが、本州の人は、せっかく大雪山に来たのだからと、旭岳でのスキーデビューを希望するんです。降りてくるまで4時間くらいかかりますけどね」。
バックカントリースキーでも、初心者向けの講習でも、ガイドを終えた参加者はみんなにこにこ笑顔でいてくれるのがうれしいと語る岩渕さん。言葉はなくても、その笑顔にガイドの仕事のやりがいを感じています。
バックカントリースキーは、リフトのない場所を滑るので、9割以上が自分の足で登っている時間です。「でも、滑るよりもそうした時間の方が景色を楽しんだり、大自然を満喫できるんです。意外に思うかもしれませんが、今は登っている時の方が楽しい。滑るのはおまけみたいな感覚です」と語ります。
夏山の登山も同様です。「旭岳の裏の景色が見たい」。目標を定めたら、険しい道のりも楽しくなります。
仕事をやめて、ガイドを目指すようになったのは、上司が登山に誘ってくれたことがきっかけでした。事務職でデスクに座っていることが多かった職場で、悶々としていた時、視界を遮るものがない山の光景に衝撃を受けて、自然の中で「自由」を感じました。その後、アウトドアグッズのショップへの転職を決断。安定した職場でしたが、自分の好きなことをやるのに、定年退職まで待つ気持ちにはなれませんでした。
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アーボリスト(樹木医)の技術から発展したアクティビティ「ツリーイング」
子供のころ、木登りが大好きだったという人は多いのではないでしょうか。枝をつかみ、足をかけ、登っていくワクワク感。そんな木登りを進化させたのが「ツリーイング」です。
ツリーイングは、アーボリスト(樹木医)が樹上作業を安全に行うための手段で、それが林業で利用され、さらにアクティビティとして楽しまれるようになりました。林業は、自身の安全だけを考えていればよいのですが、アクティビティになると、それだけでは不十分です。イベントでは、お客さんの安全管理はもちろん、一緒に登っていくインストラクター自身の安全も考慮します。針葉樹は1本のロープ、広葉樹はダブルロープと、登る木によって使う道具も異なります。木の状態を見極めて、ベストな選択をするのがインストラクターの仕事です。北海道にはトドマツ、シラカバ、ハルニレ、ドロノキ、ヤナギなど、様々な樹種が植生しています。「ツリーイングをやるようになって、あの木はこうしたら登れそうだとか、森の見方がずいぶん変わりました」。
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インストラクターの待遇改善のためにも普及に努めたい
イベントでは地上20メートル近くまで登ります。腕は支えるだけで、主に足の力を使って登っていくので、ツリーイングは女性や子どもでも楽しめます。野鳥の愛好家が巣箱を設置するのにツリーイングを利用することもあり、アウトドア界隈では広く利用されています。「上に登ると、木と木のあいだに、ぽっかりと鳥の通り道が見えてくることがあります。それって、高い視点からじゃないと絶対に気付かない景色です」。
森とロープさえあれば、楽しみ方はいくらでも広がると語る岩渕さん。ツリーイングはもちろん、大きくゆれるブランコやジップラインなどを楽しむこともできます。ロープの結び方を学べば、そうした応用もできるので、イベントでは様々なアトラクションを用意することもあります。最近、チーフインストラクターの資格を取得した岩渕さんは、イベントをどう組み立てるか、インストラクターを指導する立場として、ツリーイングの普及に努めていくことに力を入れています。
「ある地域のイベントで、すごく安価にイベントを企画してほしいと依頼されたことがあると、仲間から聞きました。技術や安全管理を考えると、そんな費用では絶対にできないんですが、それもツリーイングがまだ世の中に浸透していないからだと思います。業界全体の底上げとインストラクターの待遇改善のためにも、ツリーイングを広める活動に力を入れていきたい」と語ります。
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観察力と決断力を養い、ガイドとして成長したい
岩渕さんには憧れの先輩ガイドがいます。あるツアーで同行した時、ホテルから登山口までのバスの車中で語る自然や山の話、地域の歴史、お客さんとの距離の縮め方など、すべてが学びになりました。登山の道中、岩渕さんの靴ヒモがほどけていることを、先行する先輩ガイドから背中を向けたまま指摘されたことがあります。「ガイドの観察力はすごい」と感じた瞬間です。バックカントリースキーも、ツリーイングも、お客さんの安全管理が必須の仕事です。楽しさは安全という土台があってこそ。だから、その日の天候や雪面、木の状態を見極めて、ルートを選定するところからガイドの仕事は始まります。「そのための観察力や決断力を磨き、ガイドとしてもっともっと成長したい」と力を込めます。
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ツリーイングチーフインストラクター
・ツリーイングチーフインストラクター
・Wilderness Advance First Aid(WAFA)
・INDUSTRIAL ROPE ACCESS TRADE ASSOCIATION(IRATA LEVEL 1)
明るくて優しくて力持ち。「日本一早い紅葉 大雪山裾合平と銀泉台から赤岳」、「日本百名山 大雪山旭岳から黒岳縦走と十勝岳」など、大雪山を中心に登山ガイドや、ツリーイングのインストラクターを務める。少年時代からアルペンスキーで鍛えたスキー上級者で、バックカントリースキーのガイドも手掛ける。