大塚 友記憲
カムイ(神)との邂逅の瞬間分かち合いたい
大雪山エリアを中心に、写真家としても活動する登山・スキーガイドの大塚さん。撮影技術の指導や撮影ポイントなどをアドバイスするほか、最近は個人の撮影旅行をコーディネートする機会も増えました。夜行性のエゾモモンガを狙って、厳冬の早朝、シャッターチャンスを待ち続け、その姿を発見した時は、大雪山という大きな命にエゾモモンガを通じて初めて接することができた瞬間でした。それは、「カムイ(神)との邂逅のようだった」と振り返ります。カメラを通して、自然の様々な表情を追っていると、24時間四季ごとに素晴らしい瞬間に出合います。自身が体験した感動を、多くの人と分かち合いたいと語ります。
大雪山のダイナミックな四季の変化を感じて
20代前半で北海道の山暮らしに憧れ、関東から北海道・旭岳に移住。温泉宿に住み込みで働きながら、休日に森に入ってトレッキングを楽しんでいました。知り合いも少なく、大自然の懐で自分と向き合う日々だったと当時を振り返ります。姿見の池周辺で野鳥のギンザンマシコを見かけた時、胸から腹にかけての鮮やかな赤色に目を奪われました。それからカメラを手に取り、大雪山の野生の小動物を撮影するようになりました。「エゾモモンガの写真を友人に見せたらほめてくれて」。それから写真雑誌などを参考に独学で勉強しました。30歳を前に一度帰郷し、東京の専門学校で写真を基礎から学び直しました。
ファインダー越しに大雪山を観察していると、生命が一気に芽吹く春、短い夏を謳歌するように咲き誇る高山植物、秋には枯れ葉や枝を集めてせっせと冬支度をするエゾシマリスの姿やナキウサギの姿などが見られます。そして冬、エゾマツの樹の上で葉を食べた後、ダケカンバの枝に滑空するエゾモモンガ。大雪山の1年は、ダイナミックな季節の変化を感じることができます。「山登りはもちろん大好きですが、そうした場面に出合うために登っているような気もします。見渡す限りのチングルマの群落なんて、大雪山でしか出合えない光景ですから」と話します。
通常の倍の時間をかけて案内 少人数のエコツーリズム
2011年からひがしかわ観光協会職員として観光地を盛り上げる事業にも取り組みました。現在の旭岳ビジターセンターの立ち上げにも携わりました。そのころ、注目されていたのが、環境に負荷をかけない「エコツーリズム」。少人数のツアー客に地元目線の自然の魅力を伝えるツアーです。例えば、姿見の池のトレッキングルートは1周約1.7キロ。起伏はありますが、木道が整備されており、1時間ほどで回れる初心者向けのコースです。コースからは、旭岳の雄姿や十勝岳連峰、美しい湖沼群を間近に望むことができます。大塚さんは撮影ツアーじゃなくても、通常の倍の2時間近くかけて案内します。「一般の方は気付かない場面にも目が留まるので、それくらい時間がかかるけど、みなさんとても満足してくれます」。
シャッターチャンスは、生命の息遣いを感じた瞬間
ふだんから森に入って自然を観察していると、ミズナラの巨木や森から見上げる満月など、神々しく感じる場面が大雪山にはあふれています。冬の早朝、ピンと張り詰めた空気もシャッターチャンスです。個人オーダーの撮影旅行は、お客さんと1~2週間、山で帯同することも珍しくありません。お客さんはこんなシーンが撮りたい、こんな場面に出合いたいと望んでいる。その期待に応えらえる場面が北海道にはある。そんなシーンに出合った瞬間の喜びは、ガイド冥利に尽きます」と語ります。
撮影旅行のコーディネートは、大雪山だけに限りません。知床の流氷や手売・焼尻の野鳥、道東までオジロワシを狙いに行くこともあります。撮影は、大塚さん自身が見つけたポイントを案内することもあり、そこで出合った奇跡のような経験を語ると、お客さんもそれを体験するために、大塚さんとチームとなってその瞬間を待ちます。「技術的なことは聞かれれば教えますが、ほとんどのツアー参加者はそれを自分で見つけることに楽しさを感じている。だから、撮影ポイントまで案内してからは、互いに声を潜めて、自然と向き合う時間が延々と続く…ということが多いですね」と説明します。
地球のダイナミズム “北極圏の南限”を撮る
大塚さんは北海道・大雪山を「北極圏の南限」と表現します。標高1,500メートルの森林限界、清らかな伏流水が注ぐ豊かな大地、そして大量のパウダースノー。大雪山は地球規模のスケール感でわれわれ人間に迫って来る。登山写真家として、その凄さを伝えたいし、ガイドを通じて、多くの人とその感動を共有したいと語ります。一方で天候や登山客の体調を見つつ、危険時には正しい判断をしなければなりません。それは大雪山が地球規模のダイナミックさがあると感じているからこそ、心掛けていることでもあります。
写真家は、切り取るべき一瞬に気付くことができるかどうかが勝負―という言葉を聞いたことがあります。ふだんは何気なく見逃してしまうシーンにこそ、価値がある。そうした観察眼を持つことができれば、このフィールドは宝の山に見えてくるに違いありません。
・北海道知事認定アウトドアガイド(夏山/冬山)
・公益社団法人日本写真協会正会員
・公益社団法人日本山岳ガイド協会正会員(登山Ⅱ/スキーガイドⅠ)
・北海道山岳ガイド協会正会員
・写真の町実行委員会企画委員
・DJIスペシャリスト(ドローン)
1979年、千葉県野田市生まれ。2000年10月、旭岳温泉での勤務をキッカケに大雪山での撮影が始まる。学生時代は、陸上駅伝とサッカーに打ち込む。北海道に移住したのは大自然への漠然とした憧れから。クロカンの聖地・旭岳の温泉宿に住み込みで働き、コツコツと登山やカメラギアを収集し、気付けば専門ガイドに。写真家として、山岳雑誌「山と渓谷」「岳人」などへも寄稿。2023年、「東川ヌプリカメラ倶楽部」を立ち上げ、撮影のワークショップを企画もしている。